まりもっこり日和

映画、読書、料理、時々日常。日々の暮らしを丁寧に。

「頑張ってるね」と言われない人になりたい。

「まりちゃん、頑張ってるね」

肩の力が入ってるように見えるのか、真面目な性格ゆえか、こう言われることが多い。

言う側からすれば、取り組む姿勢を評価しての、褒め言葉のつもりかもしれない。

でも、こう言われるたびに、私は悔しい気持ちになる。

 

努力を成果につなげている人に対しては、人はこの言葉を贈らない。

極端な話、村上春樹の新作が出て「彼は本当に頑張っている」とは言う人はいないだろう。

誰に言われるでもなく、彼は一定量の文章を書くことを日課とし、それを一つの小説作品という成果に結実させている。

(『職業としての小説家』Amazon CAPTCHA参照)

評価に値する、読者の心に響く作品がある。

 

「頑張ってるね」という言葉には、"評価する人"の視線と、「取り組む姿勢は評価するが、成果は評価しない」という含意がある。

取り組み姿勢を、評価して欲しいわけでない。成果を残したい。

そのために、ただなすべきことを、淡々とやっているだけ。

だから、この言葉をかけられると、悔しい気持ちになるのかもしれない。

 

「頑張ってるね」という言葉をかけられるうちは、自分はまだ未熟だ。

他人の言動に一喜一憂するのは、滑稽な話だが、その悔しさをバネにして、日々暮らしていきたい。