まりもっこり日和

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書くことは、鉱脈を掘り当てること。

書くことは、人間という鉱脈を掘り当てる作業だと思う。

単に、頭の中で論理をこねくり回して、言葉を並べるのではない。

五感を研ぎ澄ませて、感じる。感じたものを、さらに深く、味わって、掘り下げていく。

掘り下げた先に、その人の光り輝くものが見えることもあれば、ゴツッとぶつかり、それ以上は掘り進められないこともある。

鉱脈を掘り当てる、果てしない作業。頭だけではなく、全身を駆使した、探索と表現。それが、書くということなのかもしれない。

 

そんなことを考えたのは、作家・小野美由紀さんの『身体を使って書くクリエティブライティング講座』に参加したことが、きっかけだった。

タイトルの通り、「身体を使って」「書く」ワークショップ。

前半のテーマは、「みんなで遊ぶ」。青剣さんのファシリのもと、背中合わせの鬼ごっこや、ブラインドウォークで身体を動かした。初対面の人同士の緊張感やぎこちなさが吹っ飛んで、童心にかえった。

後半は、いよいよライティング。 ここからのファシリは、みゆきさんにバトンタッチ。

「批判しない」「できなくていい」「好き、やりたいを大切に」という3つのルールの説明の後、ワークへ突入。

最初のお題は、「脳で遊ぶ」。

子どもの頃に書いた作品を再現する、ペアでの大喜利、タロットカードから文章を考える、音楽を聴いて文章を書く……これまでの「頭で考えて書く」とは全く違う、書く世界の扉を開いた。同時に、心が開放されていき、遊び心溢れる作品で、作業テーブルは埋め尽くされていった。

そして、次のお題は、作品執筆。テーマは、”記憶”。禅マップを書き、各々が自分の書きたいテーマを掘り下げ、言葉を紡ぐことに集中。

最後に、参加者全員の作品を発表。怒り、諦め、寂しさ、決意……これまでのワークからは見えなかった、一人一人の内に秘めた、キラリと光り輝くものが表れていた。

一つの作品の中に、子どもと大人、自分と相手と第三者、様々な視線が同居する作品や、全身で表現する作品、ストレートな言葉が聴衆の心を掴んで離さない作品ーーー言葉の持つ力に圧倒され、同時に「この人は、一体どんな人生を歩んできたんだろう?」と、発表者への興味をかきたてられた。

これまで体験したことのない、書くことへの没頭。もっと書いてみたい。書くことを通して、自分を、相手を、知りたい。そう感じた1日だった。

 

私が掘り当てた鉱脈は……

ここからは、私の個人的な体験を綴る。

そもそも、ワークショップへの参加を決めた理由は、自分の言葉が上滑りしているのを感じたからだった。

嘘がある、とまでは言わないものの、自分が書いた言葉に対して、自分の中で何も引っかからない。

誰かに何かを伝えたくて書いているはずなのに、誰にも届いていない気がする。

現に、考えたことをブログに綴るも、アクセス数は伸び悩み、友人には「ブログの文章からは、あなたの人となりが見えない」と言われ、「何をどう書けば、言葉が上滑りせずに、人に伝えたいことが伝わる文章が書けるのか?」と思い悩んでいた。

 

ワークショップで、初めて「頭で考えずに書く」ことを体験した。

「みんなで遊ぶ」「脳で遊ぶ」のところまでは、ただただ、楽しかった。身体を動かして童心にかえり、子どもの心のままで、書くことに没頭。のびのびと開かれた心で、お絵かきやお人形遊びに興じた5歳の私が、そこにはいた。

が、しかし。

開放された心で”記憶”の扉を開き、目にしたものは、決して美しいものではなかった。

ドロドロした、みぞおちの辺りからゔっと込み上げてくるような、生々しい記憶。目を背けたくなる、苦々しい過去の思い出。

かさぶたにならない生傷のように、今尚抱えていて、向き合えていない問題。

「書きたくない」

書くために足を運んだ場で、私は書くことを拒否した。

 「自分のことを書きたくないなら、この感情をテーマに、文章を書いてみたら?」

みゆきさんのアドバイスに、ふっと心が軽くなった。そしたら次々と言葉が出てきて、私は自分がかつて味わったことのある感情をテーマにした、他の誰かの物語を書いた。

ハッピーエンドではないものの、起承転結のある、収まりの良い物語。

「果たして、これでよかったのか?」モヤモヤした気持ちを抱えたまま、発表を終えた。

 

思い込みからの解放

 「問題に向き合うことと書くことは別。向き合わねばならないことを、書かなきゃいけないわけじゃない」

モヤモヤした問いを、みゆきさんに問いかけたところ、彼女はこう言った。

その言葉に、私は、ハッとした。

「自分の問題に、向き合わなければならない」

「向き合うべき問題について、書かなければならない」

「文章を書くにあたっては、目的と伝える対象がいなければならない」

書くことに対して「〜しなければ」と決めつけていたこと。それらが、自分の思い込みであったことに気付かされた。

 

鉱脈を掘っていきたい

長々と書いてしまったけど、ワークショップを通して得られたのは、書くことへの勇気と探究心だった。

人間の鉱脈を、もっと掘っていきたい。自分だけではなく、人との関わりを描くことで、もっと深く、広く、人と自分への探求を進めたい。

人が書いたものを、読みたい。文章を通して見える、人の姿をもっと見たい。

もうちょっと、書くことを続けてみよう。

 

そんな勇気が得られた1日だった。

みゆきさん、青剣さん、ご一緒した参加者のみなさま、ありがとうございました。