まりもっこり日和

映画、読書、料理、時々日常。日々の暮らしを丁寧に。

与え上手、受け取り上手。

私の母は、受け取り上手だ。

 

お米、野菜、料理……親戚や友人から、ありとあらゆるおすそわけの品をいただいてくる。

「あら、悪いわねぇ。いいの〜?ありがとう」

母は、基本的には、遠慮はしない。悪いわねぇ、と一言添えつつも、ちゃっかりいただくものはいただいている。

受け取る母は、いつも楽しそうだ。そして、母づてに聞く、相手の人たちもまた、気分良く母におすそわけして下さっている。

母の周りには、好意の循環があるようだ。

 

一方で、私は、受け取ることが苦手である。

「変に気を遣わせたのでは……」と不安になったり、「何を返したらいいんだろう?お返ししたものが、相手の気に召さなかったら、かえって迷惑かなぁ……」と、考えあぐねたりしてしまう。

 3年半のシェアハウス生活で、おかずのシェアや共有が日常茶飯事になり、以前よりは、受け取ることへのためらいは減った。

しかし、今でも、受け取ることに躊躇する。それが、具体的なモノであれ、話を聞いてもらうといった行為であれ、申し訳なさが募るのだ。

 

気持ちよく受け取って、相手もハッピーにする母と、受け取ることにどこかためらいがあり、相手とのやりとりに、ぎこちなさが生まれる私。

母と私の違いは、何だろう?

 

年末のある日、その疑問が解けた。

母は、与え上手だった。

 

「トシ姉さんに、挨拶に行くよ。あんたも行こう」

トシ姉さんとは、母方の祖母の妹さんで、よくお米や野菜を下さる方。私は、今までお会いしたことはなかった。母がいつもお世話になっている人ならお礼しよう、と、たまたま私もついていった。

先日は、タッパー一杯に入った梅干しを受け取ったという。

タッパーを返すついで、母は、トシ姉さんが好きな黒豆を詰めて渡した。

「トシ姉さんの漬ける梅干しは、おいしいねぇ。塩加減がちょうど良くて。市販の梅干しとは全然違う。タッパーに黒豆詰めたで、よかったら食べてくださいね」と、一言添えて。

 

「さっちゃん(※母)は、上手いこと言うねぇ。そしたらまた、いつでもあげるで、持っていきんよ」

母の言葉に、すっかり気を良くしたトシ姉さん。笑いながら、こう言った。

さらに、私を見て、こう続けた。

 「まりちゃんも、すっかり大きくなって、べっぴんさんになったねぇ。小さい頃しか見とらんかったで。久しぶりに、こんな若い娘さんに会って、うれしいわ」

どうやら、幼い頃に、私は一度トシ姉さんに会ったことがあるらしい。私は覚えていなかったけど、覚えてくれていたようだ。

母は、たまたまかもしれないが、それも想定の上で、私に声をかけたのかもしれない。

 

受け取るだけでなく、相手が喜ぶものや気持ちを与える。

母の周りにある好意の循環は、母自らが生み出しているものだった。

 

楽しそうに話す母とトシ姉さんの姿を見て、私は母に嫉妬した。

気持ちよく与え、気持ちよく受け取る。

こうした幸せな循環を、私も自分の周りで作っていきたい。

 

与え上手、受け取り上手。

2018年の目標が一つ、できた年の瀬の夜だった。

f:id:marimoccoli:20180102215149j:image※トシ姉さんからいただいた自然薯を早速料理。サクサクして、おいしい自然薯。ごちそうさまでした。