まりもっこり日和

本・漫画・映画のレビューと日々のつれづれ。

安心感は、偶然の産物。

不安もないが、安心もない……。そんなつながりにも、私は寂しさを感じた。

ーーー宮本輝『私たちが好きだったこと』新潮文庫,1996年

私たちが好きだったこと (新潮文庫)

21年前、1996年に発表された、宮本輝の小説。

ふとしたきっかけで、3DKの人気公団マンションで、共同生活を始めた、工業デザイナーの与志、昆虫に魅入られた写真家のロバ、不安神経症を乗り越え、医者を目指す愛子、姉御肌の美容師・曜子。
主人公・与志の視点から、男女4人、2組のカップルの人間模様や心情を描いた、恋愛小説です。

「シェアハウス」という概念がない時代の作品とは思えない程、現代のシェアハウスでの共同生活のありさまが、リアルに描かれています。

 

安心感は、目的となりうるのか?

不安もないが、安心もない。

主人公・与志は、愛子と恋に落ちる一方で、愛子を始めとする4人での生活を、こう述懐する。

私は、3年半シェアハウス生活を経験して、このくだりに共感を覚える一方で、違和感を覚えた。

そもそも、安心感は、共同生活の目的となりうるのだろうか。

 

他人との共同生活に求める末は……

安心感は、他人との共同生活の目的とは、なり得ない。

自分自身の実体験と反省を踏まえて、私はこう思う。

安心感を他人に求めた先にあるのは、依存か逃避、その果ての停滞。

「家に帰って、愚痴を聞いてくれる仲間がいるから安心」と、現状を変える努力をせずに安住する。

「何で私の話を聞いてくれないの?」と相手に怒りをぶつける。

依存が重荷になって、家を出る。

他人に求める共同生活は、互いの首を締めることに他ならない。

 

安心を得られる奇跡に感謝

安心感を目的に、シェアハウス等で他人との共同生活をするのは、とても危うく、辛いこと。

他人との共同生活は、あくまで、他人との共同生活に過ぎない。それ以上でも、以下でもない。

日々の生活を共にする中で、何気ない会話や相談から、信頼関係が生まれ、それが暮らしの安心感につながることは、もちろんある。

しかし、それは日々の暮らしの結果であって、目的ではない。日々の積み重ねがあったところで、安心感が芽生えるとは限らない。

それほど、他人との共同生活から得られる安心感は、ゆらぎを抱えている、不安定なもの。偶然の産物と言っても、過言ではない。

 

安心感は、偶然の産物。

安心感を求めて依存するより、家に帰って安心する、今この奇跡に感謝した方が、よっぽど幸せな共同生活が送れるのではないか。

 

過去に暮らしを共にした元同居人さんへの感謝と、甘えに甘えまくっていた己への自戒を込めて。

小説を読みながら、そんなことを考えました。