まりもっこり日和

2018年3月末に退職、無職漂流記を綴ります。

「余命1年だとわかったら、あなたは何をする?」この問いは、そもそも成立しない。

「余命1年だとわかったら、あなたは何をしますか?」

f:id:marimoccoli:20171116200635j:image近所の本屋さんで、たまたま手に取った自己啓発本の見出しに、大きく書かれていた、1つの問い。

その後には「自分の好きなように生きなさい」「自分のやりたいことをやりなさい」と続く。

自己啓発本あるあるな、自分らしく生きよう、というメッセージ。

このくだりに、私は違和感を覚えた。

 

「余命1年」と知った時には……

f:id:marimoccoli:20171116201900j:image冷静に考えてみて欲しい。

余命1年と知った人が、果たして自由に身動きが取れるだろうか?「自分の好きなように」生きる体力・気力を持てるだろうか?

余命1年と知った時には、病床に伏して、点滴の管につながれた状況かもしれない。

もしくは、本人の知らないところで、親族や近しい友人にだけ告知され「何故、家族はこんなに切羽詰まっているのか?」と不思議に思い、「あぁ、自分の先はもう長くないのかもしれないな」と、うすうす勘付く人もいるかもしれない。

いずれにしても、自分の好きなように生きる・やりたいことをやるという結論に導くための問いとして「余命1年だとわかったら、あなたは何をしますか?」は全く機能しない。

むしろ、そんなことばかり考えて、地に足をつけて今ここに生きようとしないから、自分の生はどんどん生命力を失っていく、生きる屍と化していくのではないか?

 

そんな問いを考える暇があったら

Today is the first day of the rest of your life.(今日という日は、残りの人生の最初の1日である)

ーーーCharles Dederich 

人間、いつかは死ぬ。

「死に向かって生きる」と覚悟を決める。

今ここに目を向けないまま、「余命1年とわかったら…」なんて、ふわふわした仮定をするのではなく、「人生の最期をどう迎えるか?」から逆算して、今をいかに生きるか?を考えて、やれることをやる。

その方が、よっぽど切実で、行動して人生を豊かにしていけるのではないか?

 

命短き ちっぽけな虫です

うれしくて 悲しくて 君と踊る

(中略)

ユメで見たあの場所に立つ日まで

僕らは少しずつ進む あくまでも

ーーースピッツ夢追い虫

帰り道、スピッツ夢追い虫』を聴きながら、そんなことを考えました。