まりもっこり日和

本・漫画・映画のレビューと日々のつれづれ。

自分にとって価値のあるものに、お金を使っているか?

「読書会にいらっしゃる方なのに、みなさん図書館で本を借りるんですね」f:id:marimoccoli:20171028120838j:image

土曜日の朝、読書会に参加。とある参加者の言葉に、私はハッとした。

「本は身銭を切らないと身につかないから、私は本を買う主義」と言う彼女。確かにそうだ。本に価値を見出して、その対価を支払う。投資するからこそ、リターンを得ようとする。彼女の発言は、理にかなっている。

 

読書好きなのに、本を買わない私。 f:id:marimoccoli:20171028121206j:image彼女の発言にギクリとしたのは、他でもない。私自身が、読書好きなのに、本を買わないからだ。

本を買わない理由は、3つ。

1つは、そもそも所有欲がない。引越し等、移動の多い生活を送る私にとって、手荷物が増えることはマイナスだ。常に身軽でいたいから、買わない。

2つ目は、本には、賞味期限がある。今の自分にとって旬な本が、1年後の自分にとってそうとは必ずしも限らない。常に旬なものに触れたいから、買わない。

3つ目は、上記2つの理由で、手元に置かないものについては、お金をかける優先順位が、後になる。

本を買わない理由は、本に価値を見出していないからではない。むしろ、私にとって、 価値のあるものだ。

本から価値を得ているのに、対価を払っていない。矛盾した事態が生じている。

 

本代をケチったその先は……f:id:marimoccoli:20171028133106j:image

読書会の後、近くのコンビニへ。次の予定との合間、昼ご飯におにぎりとパン、コーヒーを買った。 450円也。

店員さんからレシートを受け取り、イートインスペースで缶コーヒーを開けた瞬間、ふと気がついた。

「この450円で、文庫本1冊買えるのでは…」

コンビニ飯に、価値を見出しているわけでは、決してない。むしろ、コンビニ飯が続くと、わかりやすく体調を崩す。価値がないどころか、害のあるものだ。

しかし、私はそんなコンビニ飯に、450円という対価を支払っている。価値がないものに、対価を支払う。全く逆の形で、矛盾が生じている。

 

お金は、使えば消える。f:id:marimoccoli:20171028131322j:image

使い道はどうであれ、お金は、使えば消える。

本にお金を使うべき、とか、コンビニで買い物するな、とか、そんなことは問題ではない。

肝心なのは「お金の使い道に自覚的であるか?」

 

何気なく消えた450円、レシートを手にして、己を戒めた土曜日の午後でした。